私が育った家庭環境

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私が育った家庭環境

借金依存症 アルコール依存症

 

ここでは、私が育った家庭環境についてお話します。
私は、地方都市の中流階級の長男として生まれました。
6歳下の妹と二人兄妹でした。

 

幼年時代は、比較的裕福に育った記憶があります。
居住していた土地は200坪で、
他に山や農耕地を所有していました。

 

 

父とアルコール依存症

父はサラリーマンでよくお酒を飲んでいました。
後に、私が25歳の時に「アルコール依存症」と診断され、
専門の病院へ入院しました。

 

肝臓疾患も患い、死ぬまでお酒を飲むことはありませんでした。
母は、そんな父を支え、パン屋を自宅で開業し家族を守っていました。

 

父が「アルコール依存症」と、
本人と家族が分かるまで長い年月がかかったのです。
でも、それがはっきり分かると、長い年月の呪縛が解けたような気持になりました。

 

「そうだったのか。父は病気だったのだ。」

 

借金依存症 カード

父が日本酒の1升瓶に
日付と線をマジックで書いていたことが思い出されました。
今日はココまでと決めて飲み始めるのですが、
いつも線を越えてしまい、また新しい線を引くのです。

 

「なんて、だらしないのだろう。意思が弱いのだろう。」
と思いながら、父の飲酒を見ていました。

 

 

依存症との戦い

依存症を克服するまで
父が「アルコール依存症」と分かってから、
家族にも治療に関する説明書が渡されました。
本人と共に協力し合いながら、
この病気と向き合い、お酒をいっさい断つ為のマニュアルでした。

 

そこには、「アルコール依存症」は心の病気であること、
本人の意思に関係なく進行するのだと記されていました。
父の放蕩的な生活の原因が分かったら、
家族は前向きな意識で父の病気に対応することができました。

 

借金依存症 カード

 

そして私は父の退院後に結婚し、
2女、1男の3人の子供を持ちました。
妻はしっかり者で、やんちゃな子供たちを育て
家事も完璧で家庭をささえてくれました。

 

その当時私は、タレントが多く所属する
音楽関係の宣伝の仕事をしていました。
宣伝部は使える経費枠も多く、大きな借金はありませんでした。


 

 

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